ゴールキーパーしかやったことがない私にとって、面白い本を発見したので紹介したい。
邦題「孤高の守護神 ゴールキーパー進化論」。著者はジョナサン・ウィルソン。スコットランド人のジャーナリストだ。訳者実川元子、上智大仏語卒。390ページの大著である。
前書きから著者の視線がよくわかる。
「ゴールキーパーは得てして内向的で、過ぎたことをくよくよ思い悩み、なぜ自分のせいでないのに自分だけがこんな酷い目に遭うのかと悩む。常にマイナス思考で最悪の事態ばかり想像する暗い人間がゴールキーパーになろうとするのか、それともゴールキーパーというポジションが人をそんな人間に変えてしまうのか」
私だけでなく、多くのキーパーは共感するのではないだろうか。
本文はサッカーの草創期から紐解く。ルール上では1871年にゴールキーパーが誕生したそうである。
「以前は体力的に劣るもの、(ハイスクールの)下級生がゴールラインに並べられ(キーパーは複数だった)、もしキーパーがうまいセーブをしたらフィールドプレーヤーに戻してもらえた。このシステムは重大な欠陥があった。ゴールキーピングのうまい選手はゴールキーパーをやらなくてすむ」
1968年私がコーチにキーパーをやるように勧められたのも似たようなものである。ただ私はキーパーに安住して40年あまりやった。
1900年前後のイングランドの著名なキーパーにウィリアム・フォルクがいる。シェフィールドやチェルシーで活躍した。1902年の体重は167キロ。
本の中に彼の横向きの写真が一葉ある。身長が高いとはいえ衝撃的な腹のでっぱりだ。
それでも彼がトップリーグで活躍できたのは理由がある。当時キーパーは前に出て守ることはなかったし、何よりキーパーチャージというルールがなかった。フォワードのぶちかましに耐える体重が必要だったのだ。
晩年彼はブラックプールのビーチで金を賭けて行楽客にPKを蹴らせていたという。反応も早かったのだろう。
史上最高のキーパーといわれるソ連のレフ・ヤシンも、長年蹴られ続けた後遺症で晩年脚を切断した。共産主義下のデイナモ・モスコウではユニフォームをチームに返さねばならず、遺族に残されたのは64年イングランド対世界選抜の13番のユニフォームだけだったという。
本著はヨーロッパ南米の各国ごとのキーパーの系譜を縷々述べている。
著者いわく、キーパーが評価され、名キーパーを多く輩出する国はロシア、スペイン、イタリアなど。逆はブラジル(これは納得)、イングランドだそうである。イングランドはゴードン・バンクスのイメージがあるからちょっと意外な気もするが。
キーパーがフィールドプレーヤーの秘術を求められるようになった象徴は、1971〜73欧州カップ三連覇のアヤックスだろう。ヨハン・クライフの出現とともにサッカーは大きく変わった。74年ワールドカップオランダ代表のキーパー、ヤン・ヨングフロートは背番号8番。アルファベット順だそうである。ペナルテイエリアから飛び出しボールを処理するキーパーとして注目された。
そのナショナルチームで、ただ一人アルファベットに関係なく14番を付けたクライフの発言。
「屈辱的な失点をするリスクを犯してでも、前方のポジションをとるべきで、ゴールライン上で派手なセーブで防ぐよりもはるかに多くの失点を防ぐことができる」
19992年のバックパスルールの改正は、さらに「グローブをはめたフィールドプレーヤー」化を加速させた。
ただ必ずしもクライフの理想は正解ではないと思っている。
マヌエル・ノイヤーと並んで現在ベストキーパーであろうジャン・ルイジ・ブッフォンは、たとえ正面でもほとんどシュートをキャッチしようとしない。無回転シュートが多くなったこともあり、ファンブルを避けているのである。同時にむやみにとびださない。彼にとって安全安定が絶対で、それこそが「揺るぎないキーパー」なのだ。
話は大きく代わって、本著は唯一興行的に成功したサッカー映画「栄光への脱出」にも触れている。
ナチス支配下のフランスの捕虜収容所が舞台だが、原作はロシアの詩人エフゲニー・エフトシェンコの小品からチェコ人が脚本化した舞台だという。
東部戦線を西部に代え、ジョン・ヒューストン監督、シルベスター・スタローン主演で映画化された。ペレやボビー・ムーアも出演している。
連合軍捕虜サッカーチームはドイツ軍サッカーチームと試合が組まれ、試合中の混乱を利用して脱出しようと計画した。以前脱出に失敗して収容所に戻されたスタローンの協力が必要で、キーパーが負傷したから素人のスタローンをキーパーにするとドイツ側に納得させねばならず、本職のキーパーは自ら腕を折って収容所に残る。試合は捕虜チ―ムが勝利し、熱狂した観客の乱入に乗じて脱走を成功させる。
著者が思うのは、フィールドプレーヤーの成功のために収容所に残った本職のキーパーの行く末である。
思わぬ著名人が少年時代ゴールキーパーだったことも触れている。
前述のエフトシェンコのほかに、「ロリータ」のウラジミール・ナボコフ、アルバルト・カミュ。そして法王ヨハネ・パウロ二世もキーパーだったそうである。
ポーランドの都市、クラクフでのキーパー経験が、在任時「空飛ぶ教皇」と言われた外交と同時に、教義の保守性を貫いたことにつながっていると思うのは考えすぎだろうか。
最後にネタばらしだが、この本の原題は「The Outsider」という。
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