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レジェンド・インタビュー

スーパー女子マネージャー:熊丸広美さん 2

たしか、2学年上に女子マネージャーが二人いたんですよね

「そう、丹保康子さんと伊藤誓さん。いろいろ教えてもらいました。でも二人はプレーするわけじゃないから、朝練も時々いらっしゃるくらいで、私は毎朝、御用聞きみたいなもので、頻繁に会ってしまう。結果として、いろいろ用を仰せつかりました。でもチームの役に立つことならなんでもしたかったから楽しい作業でした。1年の時からスコアブックもつけさせてもらって、私なりに戦評書き込んだりして」

その戦評は、なかなか鋭い。そして心がこもっている。以下紹介しましょう

●46年10月10日 教育大グランド 対日大生産工学 1:1(1:1,0:0) なんともひどいグラウンドコンデイション、大切な第1戦いいところでやりたかった。どろんこのグラウンドに合った攻め方してたのは生産工学のほう。浮き球で前へ、前へとやってたもの。ウチはうまくきれいに取ろうという気が、心のどこかにあったんじゃないのかしら?もうちょっと思い切りよくシュート打ってほしかった。(むろん、足場悪くて打ちにくいのはわかりますが…)私も初戦に興奮してしまって、あまりうまくスコア取れませんでした。けど、いくらスコアラーの目が正確じゃないにしても、シュート数は2本+α。せいぜい5本前後でしょう。これじゃいけません。バックスも向こうに比べてボカーンという大きなクリアー(パス?)少なかった。あんなときは正確にパスなんて無理だから、あっちの攻めみたいに点で勝負した方がいいように思うのですが。さあ、これからは負けられません。一戦、一戦大切に頑張りましょう。
●46年10月17日 明治大生田グラウンド 対慶應工学部 2:3(0:2,2:1)、 残念な試合でした。なんかみんな調子悪いですね〜、バラバラ。バックス、すぐ真ん中空いちゃって、ゴール前平気でフリーで打たせます。非常にとんでもないことです! 2点ともその型で取られたんですもの。前半やはり向こうの動きが上回っていました。6番(宮内)いいところへ出してたもの。でも、後半向こうがバテてきて、うちのペースになったけど時すでに遅し… あとのミーテイングでも言われたように、我々はリーグが始まっているという意識、緊張感に欠けていました。心意気が足りないんです。まだ入れ替え戦に出られるかもしれないし、たとえ出られないからといって、どうでもよくないんです。もう一度新しく出直そう! P.S. コーナーの確率少ないですね。もっと練習せねばならないのでは?

73年夏の練習後か。前列右端の方はイエローカード収集家の小川宏

73年夏の練習後か。前列右端の方はイエローカード収集家の小川宏

この年のイーグルは春先絶好調、一部復帰を目指していたが、リーグ戦が始まってみたら1敗1分と冴えないスタート。キャプテンは加藤大明さんでしたね

「加藤さんは小田原、私は鎌ヶ谷。東京の天気はどうなってるんだろねえ、なんて朝から電話でやりとりしていました。結局わからないから、行こう!ということになるんですが。もう毎日彼と電話で話していた。秋になって授業や学生運動の関係で主力選手が何人か欠けて、予想外に苦しいシーズンでした。当時はサッカーをイーグルで始めた人も多かったし、練習にきちんと来る選手を使うか、よくサボるけどうまい選手を使うか、キャプテンは悩んでいたみたいでした。試合のあとミーテイングで『クマさん、どう思う?』って聞かれるので、思いつくまま言ってたけど、あとでスコアブック書きながら、これも言うべきだったかな? なんて反省していました。私をチームの一員として扱ってくれた加藤さんには感謝しかありません」

50周年のときに、当時の3年生河合真一郎さんとメールで連絡が取れたときに、こんなことを言ってました。『自分は3年春から入って、素人だったし、そりゃあ練習は出てたけど、試合ではボロボロに抜かれて戦犯ものでした(笑)』河合さん、面白い人でしたよ。当時のストッキングはウールで、普通はゴムで止めるんだけど、彼は姉貴のだよと言い訳しつつ女性用のストッキングで縛ってた。変態か? 夏合宿のとき、クマさんは当時はやり始めていた黄色いホットパンツで現れて、驚かせてくれました

「今市の夏合宿ね。あれが秦野以外でやった最後の合宿。お風呂屋さんで、もちろん私は女湯なんだけど『おーいクマさん、今どこ洗ってる?』って、壁越しに聞かれたって返事できません。22人しか集まらなかったから、紅白戦のレフェリーは私。暑い中、走り回って笛を吹きました。線審いないから、オフサイドは難しかったよ。キーパーへの練習もさせてもらって感激しました」

レギュラー選手にも結構厳しいことを言ってました

「生意気だからね、左ウイングだった竹澤哲紀さんに、〈もっと、ウイングやってください。縦に突破しないと話になりません〉みたいなことを言ってしまったの。とにかくイーグルに強くなってほしいばかりに。あとから、女子マネージャーの言うべきことじゃないかなと思った。で、何年かたって『あのときはごめんなさい』って謝ったら、『まあな、きつかったけど…』って笑われた。竹澤さんには、スペインに移住した後も、彼がフランスでワイン輸入に従事していたので本当にお世話になりました。病気早く治してほしい」

この年1勝1敗2分けで迎えた第5戦は因縁(後述)の日大法学部が相手、勝てば入れ替え戦出場に首の皮一枚つながるという試合。双方14,5本のシュートを打ち合う打撃戦も2:4で敗れる。この日の戦評

●なかなか、いいゲームでした。特に前半は力と力のぶつかり合い。どちらか気を抜いたほうが負けるというカンジでした。今までで一番よかった。けど後半になってどうしちゃったんですか? 疲労? シュート数も半分になっちゃったし、動きも少なくなった。確かに日大法は強くていいチームでした。キック力もあったし、走るのも速いし、力強かったし、よく動いていました。7番(田部井)うまかった。コーナーもすごく迫力あったけど、うちだって勝てる相手です。実力さえ出しきれば… 何が欠けていたのか? スタミナ? チームワーク? やる気? 来年のためにもよく考えなくっちゃなりません。でも、まずあと2戦勝って勝ち越しましょう。勝ち点8目指して。 「そうして72年のリーグは終わりました。サッカーって難しいよね、チームとしての波が下降線になっちゃうと抗えない。来年こそって思ったものです」

3年目はいよいよ幹事学年、キャプテンは横田逸郎さんです

「横田クン怖かったなあ、ときどき〈●●マル〜!〉って叫ぶんだけど、(翌年キャプテンになる)金丸クンか熊丸なのか聴き取れなくって、二人で顔見合わせたことが何回もありました。この年の夏休みに初めてスペイン短期留学。夏休みだからリーガはやってなかったけど、サマートーナメントをやっていた。ビセンテ・カルデロンに通し券買って通いましたとも。ホームのアトレテイコ・マドリー、ACミラン、パルチザン・ベオグラード、それにレッドスターだったかな。スタジアムに女の子なんていないの。ましてや日本人でメモまで取ってる=完璧に好奇の目で見られてた。今でこそスタジアムに女性の姿見るけれど、スペインですら、サッカーは男たちの娯楽だったのよね。それと、やっぱりゲームを見る眼が違うなあ、って思ったの。得点につながらなくても、狙いのあるパスやヨミのいいデイフェンスには、タイミングよく拍手が起こる。ブーイングも理由がはっきりわかる。観客が育たないとサッカーも育たないんだなと感じた。そして、夏後半の合宿に合わせて帰国しました」

レジェンド・インタビュー 熊丸広美さん 1 2 3

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